8月4日AM2:00 テントから顔を出し、見上げた空には満天の星・・・
が当然あるものだと思っていた。
天気予報では今日は晴れマークだったのである。
しかし、いくら探せど星が見当たらない。
これはまさかの曇り空?
まだ時間が深夜なので、これから朝にかけて晴れてくるんだろうと思うことに。
サブザックにピッケル、アイゼン、ヘルメットを装備し、テント場を後にする。
AM3:40 いよいよ長次郎谷からの剱岳アタックの時がやってきた。
剱岳の斜面を見上げると、ルート沿いに数珠つなぎとなったヘッドライトの光跡。
今日も山頂は大賑わいなのだろうな。
出だしでいきなり、剱沢山荘横からの沢沿いルートをロストしてしまった。
昨日の間に確認しておくべきだったと反省。
幸いにも沢沿いにヘッドライトが移動していくのを発見し、
なんとか正規の右岸ルートに辿り着いた。
5m程の滝を過ぎて、雪渓に降り立つ。
雪渓の斜度はそれほどきつくなく、アイゼンなしでも十分下っていけるが、
ところどころ凍っている箇所があり、ズルッと滑ってしまう。
雪渓に降りてから30分ほどで平蔵谷との出合を過ぎる。
このあたりで前後して剱沢を下ってきた単独行者の方と話を交わす。
ヘッドライトに照らされた光る筋
まさか・・・・雨?
今日は晴れじゃなかったのか。
なんてこった!
少し明るくなった空を恨めしく睨み返す自分。
ザックを下し、レインウェアを着込む。
AM4:55 長次郎谷出合に着いた。
ここでアイゼン、ヘルメットを装着する。
先ほどの単独行者と再び話を交わすと、どうやら同じコースを行くようなので
「一緒にアタックしませんか」と声を掛ける。
即席パティーの出来上がりだ。
単独行者(以後skier1303さん)と二人、長次郎谷を登り始める。
まだ薄暗い、大きく切れ込んだ谷底を登っていく二人。
雪面には幾つもの落石。
こんなのが当たったら大怪我であろう。
しかし、雨がこれ以上強くなれば、この留まっている落石までもが
再び滑り出すかもしれない。
雪渓の落石は音もなく落下してくる。
辛い登りではあるが、頭を上げて前方をしっかりと見据えながら登ることだ。
前方にかすかに見える熊の岩。
しかしガスにぼやけた輪郭で距離感が掴みにくい。
振り返ると登ってきた高度差が一気に感じられた。
剱沢では居たはずの後続パーティーはいない。
前方から6人ほどのパーティーが下りてきた。八つ峰を目指すクライマー達か。
skier1303さんのペースが速く、遅れないようについていく。
AM6:20 熊の岩がようやく近づいてきた。
岩の周囲はシェルンドとなっている
熊の岩の上部はわずかな平地となっていて、クライマーたちのテン場となっている。
ここで我々も休憩とした。
雨の降る中、行動食を貪るようにして食べる。
じっとしていると体が冷えてきそうだ。
それとともに下がっていきそうになるテンション。
見上げる長次郎のコルはガスで全く見えない。
恐らく単独だったら、ここで引き返していたかもしれない。
ガスに閉ざされた空間にきっと怯えていただろう。
しかし、今は一人じゃない。Skier1303さんというペアがいる。
即席パーティーだが、とてつもない信頼感があった。
気分を引き締め、いよいよ核心部へアタック開始。
熊の岩上部から左俣へ入っていくため、雪渓をトラバースしていく。
10本爪アイゼンが横滑りする。12本爪に比べてサイド部分の爪が
少ないことが、こういう場面で大きく差となって出てしまう。
一歩一歩確実にピッケルを雪面に刺し、
いつでも滑落停止出来る体勢で進んでいくしかない。
左俣の中央まで来た。
斜度は35度を超えているだろう。
高度は上がっていくが依然雪面は緩く、アイゼンワークに全神経を集中させる。
Slier1303さんのペースは落ちない。
離れないように付いて行かないとガスで視界から外れてしまう。
斜度が増してきた。40度はあるだろうか。
突然、前方に立ちふさがる雪壁。
いよいよ来たか、雪渓上部の断裂部だ。
この断裂部は事前に情報として得ていたので、それほどの絶望感はない。
その高さは3~4mほどもあり、とてもじゃないが越えていけない。
雪面がつながっている箇所を探す。
まずは左側へトラバースしてみる。
だめだ、さらに状況がひどくなっている。
次は右へトラバースしてみると、登っていけそうだ。
しかしまたまた次の断裂地帯が出現。
さらに右に逃げる。
急斜面でのトラバースに緊張が走る。
踏ん張る右足が横滑りする・・・
なんとかここなら越えれそうだという箇所を見つけた。
ピッケルのポジションを変え、さらに空いている左手も使い最後の斜面を慎重に詰めていく。
AM7:15 無事に長次郎のコルに到達。
出合から2時間少しで登ってきた。
skier1303さんとガッチリと握手を交わす。
独りでは越えれなかったかもしれない、二人で成し得た到達だ。
ここでアイゼンを外し、ピッケルをザックにセットする。
まだ気は抜けない。
ここからはバリエーションルートである北方稜線を経て
剱岳山頂まで登らなければならないのである。
雨は止む気配を見せない。
ガレ場と岩場がmixしたルート。
微かな踏み跡はあるが、岩場ではそれも判別しづらく、
ルートファインディング力を試される。
濡れる岩場、滑落の危険が押し迫る。
慎重にルートを選び、落石をしないように、
そして確実なホールド、スタンスを探しながら登っていく。
「北方稜線一般登山者立入禁止」の看板が見えた。
AM7:40 剱岳2999m山頂到着
まったく展望は効かないが、それでもこの状況での登頂の感動は大きかった。
雨が止まないことだし、早々に下山しよう。
古ぼけた道標で下山路を確認し、足早くに下っていく。
しかし、この確認が甘かったことを後で思い知るのであった。
しばらく降りていくと垂直の壁に張られた鎖場。
これが「カニのヨコバイ」だろうか。
でも写真で何度か見た感じとはちょっと違う?
すれ違う登山者に、skier1303さんが聞く。
「カニのヨコバイって通ってきました?」
しかし、その返事はなぜかはっきりとしない曖昧なものであった。
下から登ってきたテン泊装備の登山者に今度は私が聞いてみる。
すると帰ってきた答えを聞いて、一瞬茫然とした・・・・
「ここは早月尾根ですよ!!」
高度計を見るとすでに標高2700m近い。
再び剱岳山頂まで標高差300mを登り返さなければならないという事実。
ここで一気に力が抜けてしまうところだが、またあの岩場を通過しなければならない。
そう、あの岩場は「カニのハサミ」だったのである。
降りしきる雨の中、30人程の団体登山者達は撤退していった。
足の疲労が襲ってきた。しかし、登るしかない。
AM9:00過ぎ、再び山頂に立つ。一日に2度、剱岳山頂に立つ人ってなかなかいないだろうな。
次は間違えないようにルートを確認する。
「分岐の道標の文字が読み辛いんですよね!!」
なんて、skier1303さんと言い訳がましく笑うのであった。
本当の「カニのヨコバイ」にやってきた。
しかし、渋滞中でしばらく待ちとなる。
吹き付ける雨と風にどんどんと体温を奪われていく。
こんな状況が一番転落事故につながり易いという。
まさしく今がそんな状況にある。
30分ほど経ったであろうか。ようやく「カニのよこばい」へ降りていく。
最初の一歩がなかなか勇気がいるというのだが、
幸い悪天候のためガスで高度感がなく、すんなりと足が出た。
続く梯子でも渋滞中。
雨に濡れた新しい梯子はステップがよく滑る。
その後も鎖場は続く・・・
その後は特に難しい場面もなく、skier1303さんと話をしながら降りていく。
最近始めた私の沢登りの話や、skier1303さんのスキーの話。
意外と住んでおられるのが近く、大峰山も近いそうだ。
雨に濡れた高山植物やコバイケイソウが美しい。
AM11:20 剣山荘到着。
ここで水分補給と行動食を取るため、skier1303さんと別れる。
再び固い握手を交わして、再会を約束する。
独りでは越えれなかったかもしれない状況で、助け合い乗り越えた二人。
「また今度は大峰の山をご案内しますよ!」
と、私。
剣山荘で少しの休息を取った後、再び剱沢キャンプ場を目指す。
途中、剱沢の雪渓をトラバースする。
今朝、ここを降りて行ったときは真っ暗だったので、今初めてその様子が掴めた。
AM12:00ちょうど、剱沢キャンプ場に戻ってきた。
空を見上げると時折、陽が射してくる。
いつの間にか雨も止んだようだ。
疲れた体にゆっくりとした動作でテントや装備を撤収し、剱沢を後にする。
別山乗越を越え、雷鳥沢へと降りていく。
ミクリガ池でまたまたskier1303さんと遭遇。
観光客の溢れる室堂には用がないので、早々にバスに乗り込む二人。
そして立山駅でskier1303さんとヤマレコ上でやりとりすることを確認し、
それぞれの道を帰っていくのであった。
今回の山行。
長次郎谷を登って剱岳を登るという達成感も一番であったが、
それ以上に感慨深いのが、山で出会った方とこうしてパーティーを組んで、
難関を乗り越えていくことを楽しく思えたこと。
また違った山での楽しみ方を教えてくれたそんな山行であった。
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